-ささやかな胡桃パン-

『海外文学』と日々のたわいもないノート

生きづらさや閉塞感を感じているとき必要なのは文学である/『よそ者たちの愛』テレツィア・モーラ

ドイツ文学
テレツィア・モーラ Terézia Mora
『よそ者たちの愛』

みな苦しみもがいている。

よそ者たちの愛 (エクス・リブリス)

よそ者たちの愛 (エクス・リブリス)


過去への執着、郷愁、理想の自分。何かに捕われながらも必死に前へ進もうともがく「よそ者たち」の物語。彼らは解放されたがっている。そして自由へ向かって走る。車で、自転車で、そして自分の足で。

しかし、なかなか前進することは出来ず、気付けば元の場所へ戻ってしまっている。そして感じる敗北感。

最後には起点に戻らずにはいられないために、引き返す瞬間に感じるのは帰路についてほっとするとか嬉しいとかではなく、ほかならぬ敗北感だった。-「求めつづけて」テレツィア・モーラ(白水社エクスリブリス)

この世の中、みなが息苦しさを感じながら生きている。思い通りに生きられる人なんてそういないだろう。だから「森に迷う」のペーターに「求めつづけて」のゾフィアに「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」のマラソンマンに、僕ら読み手の心は共鳴する。生きづらいことには変わりないが、少しだけホッとする。そのままでもいいんだ、ってささやいてくれているような気がする。

ごめんよ。だけどそうなんだ。俺に必要なのは、俺と似た人間だった。-「森に迷う」テレツィア・モーラ(白水社エクスリブリス)

うまく生きられなくて、もうどうしたらいいんだ…と悩んだ時に人に必要なのは、哲学ではなく文学だ。この『よそ者たちの愛』のような小説だ(哲学が何の役にも立たないと言っているわけでは勿論ない)。

僕の大好きなイタリアの作家アントニオ・タブッキの小説にもこうある。

哲学は、真理のことしかいわないみたいでいて、じつは空想を述べているのではないだろうか。いっぽう、文学は空想とだけ関わっているようにみえながら、ほんとうは、真理をのべているのじゃないか。-『供述によるとペレイラは』アントニオ・タブッキ(白水Uブックス)

テレツィア・モーラの『よそ者たちの愛』という短編集にはその真理、真実があり、そして愛がある。

テレツィア・モーラ Terézia Mora

テレツィア・モーラはハンガリー生まれのドイツ語作家。様々な文学賞を受賞し、2018年にはドイツ最高の文学賞ビューヒナー賞を受賞している。この『よそ者たちの愛』でもブレーメン文学賞を受賞。

訳者はゼーバルトを沢山翻訳してる鈴木仁子。仁子さん、テレツィア・モーラもっと読みたいです。懇願。

おまけ

ハンガリー出身の作家と言えばアゴタ・クリストフ。タイプは違うが『悪童日記』は最高。衝撃的。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)