
- 作者:ハミッド,モーシン
- 発売日: 2019/12/24
- メディア: 単行本
書き出しがこんな感じ。
難民で膨れ上がってはいるが、おおむね平穏な、少なくともあからさまに戦争にはなっていない街で、若い男が教室で若い女を見かけ、だが彼女に話しかけることはしなかった。 -モーシン・ハミッド『西への出口』(新潮クレストブックス)
おおむね平穏で、あからさまな戦争にはなっていない。ここではひとつの街を指しているけど、これはこの世界全体を言い表す、絶妙なアイロニーだと思う。
争いごとって常に自分の身の回り、すくそばにある。同じ国の生まれだからと言っても一人として同じ人間はいなくて、そんな他人同士の心には少なからず壁があり隔たりがあるもので、ほんの少しの違いで相手の意見や考えをなかなか受け入れられなかったりもする。
もし生まれ育った国が違うとなれば、それが大きくなるのは当然といえば当然かもしれない。様々な国の文化や習慣、宗教なんかにオープンでいたいと思っていたとしてもなかなかね…。
イスラム教を知る
世界中には色んな宗教があるけど、「イスラム教」に対してはみんなどんなイメージを持ってるんだろうか。9.11、パリ同時多発テロ、イスラム国、アルカイダ。そこだけ見れば恐ろしい暴力的な宗教のようにも感じてしまうかもしれない。
しかしそれは明らかに「偏見」である。
世界の人口の4分の1ほどを占めるイスラム教徒の全てが、当たり前だがそのような過激な人たちばかりなわけではない。どのような宗教なのかを知らずに先入観だけで拒絶するのはどうなのか。どちらが暴力的と言えるのか。
とりあえず知らなくてはいけないよなぁと思ったのでこんな本を読んでみる↓

- 作者:内藤正典
- 発売日: 2016/07/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
これ、すごく分かりやすくてよかった。「イスラム教」が身近に感じられたし、少しは理解に近づいたかなと思う。学ぶところも非常に多かった。おすすめ。
移民は近くに
さて、モーシン・ハミッドの出身国パキスタンもほぼイスラム教徒の国である。彼の作品『西への出口』はそんな、おそらく中東のイスラム圏のある街(明記されてはいない)から内戦の戦禍を逃れ西へ西へと「どこでもドア」的な扉を使って移動していく男女の物語である。正確には「どこでも」ではなく決められた場所へ行く扉だけどね。
「移民」はこの小説のテーマのひとつではあるけど、とくに深刻に描かれているわけではない。確かに辛い環境ではあっても、思いのほか普通に生活している様子が描かれ、とても重苦しくて読むのが辛い、という雰囲気ではない。
何というか、自分の中での「移民」に対するイメージも偏っちゃってるんだろうなと思う。「移民」と「原住民」という問題の歴史は深いし、それを知ることは大事だけども、何よりまずそこの線引きをなるべく無くそうとすることが大切なのではないか。
さっきの本のタイトルをお借りすれば、まさに「となりのイスラム」、「となりの移民」という感覚。『西への出口』という小説にはその感覚があるんじゃないかなと思う。
移民のことだけじゃなく、人種差別、男女差別など様々な線引きを取り払おうよとハミッドはこの小説で訴えているのかもしれない。サイードとナディアの生きかたや思想、心の変化、他者との関わりかたにそれを感じる。
穏やかに
それにしても、ハミッドの、メタファーとアイロニーが共にフワフワ漂うような文体が非常に好みである。最後にちょっと引用させていただいてシメ。
それは破滅的ではなく、変化であり、軋轢は生じたが終末ではなく、人生は続いていき、人々はやるべきことや目指す生きかたやともに生きる人々を見つけ、理にかなっていて望ましい未来は、それまで想像もつかなかったが、いまでは想像できるようになって姿を現しはじめ、それによって安堵にも似た空気がもたらされていた。 -モーシン・ハミッド『西への出口』(新潮クレストブックス)
どんな人にも「ホッとできる安らぎの場所」が必要なのだよ。
争いが無くなるなんてことはないだろうけど、もう少し穏やかな世界になるといいなあ、とは思う。
その点で、イスラム教徒に学ぶことは非常に多いと僕は考えている。
ハミッドもっと読みたいなと思ったけど、もうひとつ邦訳されているコッチは絶版…
まあいつか。