ささやかな胡桃パン-海外文学と遊ぶ

主に『海外文学』と『読むこと書くこと』あれこれエッセイ

『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア

イギリス文学
ウィリアム・シェイクスピア William Shakespeare
マクベス』(1601?)

マクベス(新潮文庫)

マクベス(新潮文庫)

シェイクスピア四大悲劇のひとつ(『ハムレット』『リア王『オセロー』)。魔女の予言にそそのかされ王を殺害し、自らが王になったマクベスが、その罪の意識に苛まれ破滅していくという話である。

フォークナーの『響きと怒り』のタイトルは『マクベス』のあるセリフから

さて、ということで(こういうこと)今度こそ『マクベス』である。が、普通にのめり込んでしまい、例のフォークナー『響きと怒り』のタイトルに引用された部分に全く気付くことなく読了してしまう。つまり、読んでいるときはその事をすっかり忘れていたのである。笑。

さてブログを書こうかという時にやっと思い出し、確認をした。今回は新潮文庫版の福田恆存訳で読んだのだけれども、ここにその箇所を引用させていただく。

白痴のおしゃべり同然、
がやがやわやわや、すさまじいばかり、
何の取りとめもありはせぬ。
マクベス』(新潮文庫)p125,126

響きと怒り」に該当する台詞は、「がやがやわやわや、すさまじいばかり」の部分。こうやって違う訳を知るとまた少し理解が深まるような気もする。それにしても、読んでいて「白痴のおしゃべり」という文字が目に入ってきた時、あのベンジーの語りがしっかり頭をよぎった記憶があるが、思い出せずそのままスルーしていた。おばか。

しかしあれは確かにすさまじいほどの脳内放出であった。こうなるとまた『響きと怒り』を読みたくなるのである。

とまあ、こうやって影響を受けたものやその引用などと合わせて作品を読むとさらに面白い反面、底なし沼にズブズブと引きづりこまれるようにアレもコレもと読みたくなって、結局何が何だかわからなくなってしまったりする。とは言えあまり気にはせずに、単純に読書は楽しみたい。

妻にたじたじマクベス

オセローもだったが、マクベスもかなり有能な軍人(武将)であって、周囲にもしっかり認められているのに何でそんなことするのかね。やっぱり人間の欲ってのは底なしである(自分棚上げ)。とは言えマクベスは、ちょっと夫人に操られてるとこあるけども。外ではバリバリ仕事する男も、ひとたび家に帰れば妻には頭が上がらないってことだろう。これは古今東西、不変の原則である。

というのは冗談であるが、しかしそういった、マクベスが夫人に発破をかけられてタジタジになる、なんていうやりとりなんかもなかなか面白いのだ。

高密度悲劇

シェイクスピアの四大悲劇中でも最も密度の高い凝集力をもつと紹介されていて、それはヘミングウェイの短編くらい行間を読まなくてはならないためで、実際結構謎な展開が多い『マクベス』だが、逆に捉え方も色々できて楽しめる作品であると思う。

是非お手に。