ささやかな胡桃パン-海外文学エッセイ

『海外文学』と『読み書き』にまつわるあれこれエッセイ

ノルウェーブッククラブ『世界最高の小説BEST100』チェックリスト

海外文学を何か読んでみようかという時に、これはひとつの指標になるかもしれない。世界54ヶ国の著名な作家100人の投票により選ばれた、ノルウェー・ブック・クラブ『世界最高の小説BEST100』(2002)

主に自分の記録用だが、もし誰かの何かの参考になったらこれ幸いである。

特に順位はつけられていないのだけども、1位はセルバンテスの『ドン・キホーテ』ということだけは公表されている。ドン・キホーテ。。そういえば途中まで読んで積ん読棚にお戻りになられたままであった。

○○○

さて。これらのうち、生きている間にどれくらい読めるだろうか。せっかく(?)なので少し意識的に読んでいこうかと思う。

・読んだものはタイトル後ろに★。
・個人的に好きな小説には★★★。
・ブログに感想を書いたものはタイトルにリンク。

ではでは始まり〜

アメリカ文学

ラルフ・エリスン
『見えない人間』
ウィリアム・フォークナー
『アブロサム、アブロサム!』
『響きと怒り』
アーネスト・ヘミングウェイ
老人と海
ハーマン・メルヴィル
『白鯨』
ウラジミール・ナボコフ
『ロリータ』
トニ・モリスン
『ビラヴド』
エドガー・アラン・ポー
『ポオ小説全集』
マーク・トウェイン
ハックルベリーフィンの冒険』
ウォルト・ホイットマン
『草の葉』

イギリス文学

ジェーン・オースティン
自負と偏見
エミリー・ブロンテ
『嵐ヶ丘』
ジェフリー・チョーサー
カンタベリー物語』
ジョセフ・コンラッド
『ノストローモ』
チャールズ・ディケンズ
『大いなる遺産』
ジョージ・エリオット
『ミドルマーチ』
D・H・ロレンス
『息子と恋人』
ドレス・レッシング
『黄金のノート』
ジョージ・オーウェル
1984年』★
サラマン・ラシュディ
『真夜中の子供たち』
ウィリアム・シェイクスピア
『ハムレット』 ★★★
『オセロー』
リア王
ヴァージニア・ウルフ
『ダロウェイ夫人』
灯台へ

フランス文学

バルザック
ゴリオ爺さん
アルベール・カミュ
『異邦人』
ルイ・フェルナンデス・セリーヌ
『夜の果てへの旅』
ドゥニ・ディドロ
『運命論者ジャックとその主人』
ギュスターヴ・フローベール
ボヴァリー夫人
感情教育
ミシェル・ド・モンテーニュ
『エセー』
マルセル・プルースト
失われた時を求めて
フランソワ・ラブレー
『ガンガンチュワ物語』
『パンタグリュエル物語』
スタンダール
赤と黒
マルグレット・ユルスナール
ハドリアヌス帝の回想』

イタリア文学

ジョヴァンニ・ボッカチオ
デカメロン
ダンテ・アリギエーリ
神曲
ジャコモ・レオパルディ
『カンティ』
エルサ・モランテ
History
オウィディウス
『変身物語』
イタロ・ズヴェーヴォ
『ゼーノの苦悩』
ウェルギリウス
『アエネイス』

スペイン文学

ミゲル・デ・セルバンデス
ドン・キホーテ
フェデェリコ・ガルシアロルカ
『ジプシー詩集』

ドイツ文学

ルフレート・デーブリン
ベルリン・アレクサンダー広場
ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ
ファウスト
ギュンター・グラス
ブリキの太鼓
トーマス・マン
『ブッテンブローグ家の人々』
魔の山

アイルランド文学

サミュエル・ベケット
『モロイ』
『マウロンは死ぬ』
『名づけえぬもの』
ジェームス・ジョイス
ユリシーズ
ローレンス・スターン
『トリストラム・シャンディ』
ジョナサン・スウィフト
ガリバー旅行記

ポルトガル文学

フェルナンド・ペソア
『不穏の書、断章』
ジョゼ・サラマーゴ
『白の闇』

デンマーク文学

アンデルセン
アンデルセン童話集』

ノルウェー文学

クヌート・ハムスン
『飢え』
ヘンリック・イプセン
『人形の家』

スウェーデン文学

アストリッド・リンドグレン
長くつ下のピッピ

アイスランド文学

バルドルラクスネル
『独立の民』
-
『ニャールのサガ』

オーストリア文学

ロベルト・ムジール
『特製のない男』

ルーマニア文学

パウル・ツェラン
パウル・ツェラン全詩集』

チェコ文学

フランツ・カフカ
カフカ短編集』
『審判』
『城』

ロシア文学

アントン・チェーホフ
『短編集』
フョードル・ドストエフスキー
罪と罰
『白痴』
『悪霊』
カラマーゾフの兄弟
ニコライ・ゴーゴリ
『死せる魂』
レフ・トルストイ
戦争と平和
アンナ・カレーニナ
『イワン・イリイッチの死』

ギリシャ文学

エウリピデス
『メディア』
ホメロス
イリアス
オデュッセイア
ニコス・ガザンザキス
その男ゾルバ
ソポクレス
『オイディプス王』★★★

メソポタミア文学

---
ギルガメッシュ叙事詩

メキシコ文学

フアン・ルルフォ
『ペドロ・パラモ』★★★

アルゼンチン文学

ホルヘ・ルイス・ボルヘス
『伝奇集』

コロンビア文学

ガブリエル・ガルシア=マルケス
百年の孤独
コレラの時代の愛

ブラジル文学

ギマラエス・ローサ
『大いなる奥地』

ナイジェリア文学

チヌア・アチェ
『崩れゆく絆』

スーダン文学

ダイーブ・サーレフ
『北へ還りゆく時』

エジプト文学

ナギーブ・マフフーズ
『ゲベラウェイの子供たち』

インド文学

カーリ・ダーサ
『シャクンタラー姫』
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マハーバーラタ
ヴァールミキ
ラーマーヤナ

イラン文学

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千夜一夜物語
サーディ
『果樹園』

イスラエル文学

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ヨブ記

アフガニスタン文学

ルミー
アスナヴィー』

中国文学

魯迅
狂人日記

日本文学

紫式部
源氏物語
川端康成
『山の音』

『オセロー』ウィリアム・シェイクスピア

イギリス文学
ウィリアム・シェイクスピア William Shakespeare
『オセロー』(1602?)

オセロー (白水Uブックス (27))

オセロー (白水Uブックス (27))

フォークナーの『響きと怒り』のタイトルはシェイクスピアの『マクベス』のあるセリフからの引用だが、今回読んだのは『オセロー』であって、まあつまりは勘違いして購入してしまったというだけの、まあひとつの悲劇である。マクベスもオセローも四大悲劇仲間ということでお許し願いたい(誰に)。

○○○

さて、確かに『オセロー』はシェイクスピア四大悲劇のひとつであるが、なんとも喜劇的である。それはやはりオセローの騙されっぷりに起因するところで、まさかそんな簡単に、、ということであっさり妻より部下を信じてしまう。

誇り高き軍人もその誇りを汚された(と疑いだした)ら、ただの怒る人である。

起きろ、どす黒い復讐、うつろな洞窟から起き出してこい!
-中略-
ああ、血だ、血だ、血だ!

『オセロー』(白水uブックス)p135-136

やはり男とはなんとも醜い生き物なのだなと、思わずにはいられない。プライドはほどほどに、まあ歩いて跨げるくらいの高さにしておくべきである。

そういう場合男のかたは小さなものに八つ当たりする。ほんとうの相手はもっと大きなものなのに。そういうものだわ、ちょっと指先が痛むと、そのためにほかの健康なところまで痛みを感じるようになる。 『オセロー』(白水uブックス)p148

○○○

勿論イアーゴーのあくどさには閉口させられるが、オセローの自己中心的なエゴイズムに情けなさを感じると同時に、果たして自分はどうかと自問せずにはいられない。

ということで次こそは『マクベス』を。笑。

『響きと怒り』ウィリアム・フォークナー

アメリカ文学
ウィリアム・フォークナー William Faulkner
響きと怒り』(1929)

響きと怒り (上) (岩波文庫)

響きと怒り (上) (岩波文庫)

響きと怒り (下) (岩波文庫)

響きと怒り (下) (岩波文庫)

フォークナーが生まれ育った土地、ミシシッピ州ラファイエット群オクスフォードをモチーフにして書かれ、ヨクナパトーファ群ジェファソンという架空の土地を舞台にした、いわゆる「ヨクナパトーファ・サーガ」第二作。ヨクナパトーファ。これがなかなか覚えられなくて困る。笑。

難解小説ヘビー級ハードパンチャー

さて、いきなりだがこの『響きと怒り』、試合開始1R早々でノックアウトされる小説の筆頭である。4章構成になっているが、1章を読み終わる前に放り投げてしまう人はきっと多いことだろう。なんとか理解しようとしながら読んでしまうと(まあそれが普通か)、何が起こったのかさえわからぬままリングに沈みそのまま病院へ直行である。

コンプトン家三男末っ子であり1章の語り手の、よだれを垂らし呻き声をあげる白痴ベンジーの脳内をそう簡単に理解できるわけはない。ので、この小説を読み通すためには、まず(特に1章は)理解しようとはしないことが大事である。

理解しようとするのは、もう少し読み進めてから、もしくは二度目三度目と読み返す時で良い。(と僕も途中で気づいてなんとか突破。経験談)

2章のクェンティンの語りもまだ読みづらいが、ベンジーの語り(語りというのは正確ではないのだけど)に比べればだいぶ楽である。そして話の内容も少しずつ見えてくるし、そうなってくればもう一気に行ける。

そしてもう3、4章はのめり込むこと必至である。そうやって全く意味不明なところから徐々に内容を理解していく過程とその一瞬一瞬のカタルシスがこの小説を読む醍醐味なのだ。

注釈無視が吉

それを考えると、もうひとつ。 岩波文庫版の巻末の注釈はいちいち確認せずに読むべきである。僕も最初はひとつひとつ確認しながら読んでいたのだけれども、もともと読みづらい小説なのにそれに加えいちいちページを行ったり来たりしていては、いつまでたっても進まない。

それに、最初からこれ分かっちゃっていいの?ってなことが書かれていて、それこそ醍醐味台無しである。親切心は時にほにゃらら。いや、全く不要ということではなくて、一度読んでからさらに理解を深めようという時にはもちろん役にたつだろう。

○○○

なんか、偉そうに読み方講座みたいになっているが、僕はこれ初フォークナーである。笑。最初にこの『響きと怒り』は失敗だった、、と思ったけどもなんとか読み切ったし、そのなんというか自負みたいなものだけで、書いてしまった。恥。

だが普通に面白い

さて。そんな風に(どんな風?)この小説は、構成やその実験的な手法に目が行きがちだけども、普通に物語としても面白く、コンプトン家が次第に崩壊していく様が読み手を惹きつけてやまない。

意味不明→理解というカタルシスと、物語が見え始めてからの面白さが響きあい、怒りという人間の最も原始的な感情に興奮させらせることは間違いないだろう。

ということで、ウィリアム・フォークナー響きと怒り』是非。(でもやっぱり初フォークナーでこれはやめておいた方がいいかもしれない)

『エレンディラ』ガブリエル・ガルシア=マルケス

ラテンアメリカ文学

ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel Garcia Marquez
エレンディラ』(1972)

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)

百年の孤独』と『族長の秋』の間に生まれたマルケスの中短編集(6短編+1中編)である。

なんかマルケスの短編って、読んでる時よりも読み終わった後に遅れて場面場面の強烈な印象が襲ってくるという感覚がある。勿論読んでいる時もなんだけれども、より後の方にグオーっとやってくる気がしている。

それにしてもこの摩訶不思議で美しい生と死の世界たるや。ラテンアメリカでは、当たり前のように生者も死者も一緒に暮らしているのかもしれない。そしてなんと言っても、文章から漂う強烈な土の臭いにジャスミンやバラの香りが混じり合った独特の空気感。カリブ海きらら中南米、旅したい。

どの作品も良いが、「失われた時の海」「この世でいちばん美しい水死人」、そしてやはり「エレンディラ」が好き。

また、「奇跡の行商人、善人のブラカマン」の話は、マイフェイバリット作家ポールオースターの『ミスターヴァーティゴ』のウォルトとイェフーディ師匠の関係を思い出し万歳。あれもファンタジックな暴力と奇跡の世界であった。

○○○

ということで、ギラギラとキラキラが奇跡的に遭遇するラテンアメリカ文学代表ガルシア=マルケスの傑作短編集『エレンディラ』を是非。

新訳も出てるよ。

ガルシア=マルケスの他の小説

『予告された殺人の記録』(1981)

『密林の語り部』バルガス=リョサ

ラテンアメリカ文学
マリオ・バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa
『密林の語り部』(1987)

密林の語り部 (岩波文庫)

密林の語り部 (岩波文庫)

雄弁な語り部であるリョサに感謝。

この『密林の語り部』は、アマゾンを放浪する部族、マチゲンガ族の「語り部」になった青年とその友人(この小説の語り手であり、おそらくリョサ自身)の話である。

語り手の回想の章と「語り部」の語りの章が交互に並ぶ。

語り部の話を熱心に聞くマチゲンガ族のように、僕も熱心にリョサの小説を味わった。彼らマチゲンガ族にとって大切な語り部は、僕らにしてみればリョサのような作家たちである。

私たちと違って、語り部のいない人々の生活は、どんなにみすぼらしいものだろう (p85)

彼らの小説から、人類の歴史を知り、人間のしでかした悪事を知り奇跡を知る。マチゲンガ族の語り部の云うタスリンチやキエンチバコリ、セリピガリは、神であり悪魔であり預言者であり、人間である。

小説のない生活がみすぼらしいとは言わないが、それがあることで豊かになる何かはきっとあると信じている。

とにかく「語り部」の語りの部分が非常に面白い。マチゲンガ族の自然に対するアミニズム的な捉え方と神話が混ざったような話が興味深く、なによりも単純に楽しめる。

虫や動物が何故そこにいるのか。草花が何故そこにあるのか。何を伝えようとしているのか。注意深く耳をすませば、蛍の声を聞き分け、親戚にだってなれるというマチゲンガ族の思想に学ぶところは間違いなくある。

『ペドロ・パラモ』フアン・ルルフォ

ラテンアメリカ文学

フアン・ルルフォ Juan Rulfo
『ペドロ・パラモ』(1955)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

数ページ読むだけで「こ、これは…」と面白さを確信する小説に出会うことが稀にあるけど、このフアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』はまさにそれであった(個人的感覚)。さらにこれは、読み終えた後にすぐさま最初から読み返したくなる小説でもある。

再読すると「おっ」という気付きがさらに重なっていき、この小説の舞台(舞台という表現には違和感があるが)であるコマラという町の虚無にますます吸い込まれていく。そしてまた読み返そうとしてしまう。。何もなく誰もいないコマラに何かを探しにいくのはフアン・プレシアド(ペドロ・パラモの息子)ではなく、僕ら読者である。

ラテンアメリカ文学の先駆けであるこの小説は、小説の執筆に行き詰まっていたガルシア=マルケスの道標ともなったという。『予告された殺人の記録』が断片の重なりという意味で似てるけど、ルルフォの簡素で堅めな文体の方が読みやすいし、好み。でもどっちも好き。

それと、読んでいて思い浮かべたのはイタリアの作家アントニオ・タブッキの『レクイエム』である。

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

生者と死者、現在と過去の交わり。厳密には違うんだけど(ネタバレっぽいから書かない)、でも非常に雰囲気が似ていて、これまた好きな小説。

どんな独裁者も権力者もいずれ死者となる。ペドロ・パラモの彷徨う悔恨(その思いがあったとして)の魂を、ルルフォは鎮めたのかもしれない。

因みにフアン・ルルフォが死者となった1月7日は、僕が生者となった日である。そんなん知るかって話ですね、すみません。

『予告された殺人の記録』ガブリエル・ガルシア=マルケス

ラテンアメリカ文学

ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel Garcia Marquez
予告された殺人の記録』(1981)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人が予告通り起こっちゃったんだけど、あなたたちは何をしてたわけ?ということを聞き集めて、その断片をうまい具合に組み立てた小説である。

ルポルタージュ的(そもそもルポとして書かれる予定だったらしい)ではあっても、これはまったくもって嘘のような嘘の話である。本当のような嘘の話がリアリズム文学だとすれば、これは何?そうマジックリアリズム文学である。

再読だったが、初めて読んだ時と同じく、思い出す場面がそこしかないっていうくらい最後の場面が脳裏にへばりつく。読んでいて、それがこれからやってくると分かっていても、半端ない衝撃である。グロテスクな美しさに思わず笑ってしまうような滑稽さを兼備している。

短いし、いつでもパッと手に取ってグワっと味わいたい小説である。