-ささやかな胡桃パン-

『海外文学』と日々のたわいもないノート

頼むよ大人たち『車輪の下』ヘルマン・ヘッセ

ドイツ文学

ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse
車輪の下』(1906)

「なんて美しい雲だろう!」と、ハンスが快げに見ながらいった。
「そうだね、ギーベンラート」と、ハイルナーは溜息をついた。「あんな雲になれたらなあ!」

車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)

若い才能を潰すのは、彼らにまとわりつく大人達なのかもしれない。時代背景もあるだろうけれど、この『車輪の下』にはっきり言ってまともな大人は出てこない。同じドイツのケストナーの『飛ぶ教室』に出てくる大人とは真逆である。空を飛びたいと願う少年たちを無理やり自分たちがこしらえた車輪に巻き込み、その轍を歩かせる。ひどい話である。今はどうか。とか言いつつ、僕自身がもしかしてそうなっているのではないかと不安になる。こういうことには、なかなか自分では気付けないものだ。

若い頃に読めばきっとハンスにシンパシーを感じる人は多いだろうし、大人になって読めば若い人たちに対する意識を見直すキッカケにもなり得るだろう。兎にも角にもこれはヘッセによる痛烈な教育批判小説である。

因みにこちらは悪魔のお誘い小説↓

デミアン (新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)

  • 作者:ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1951/12/04
  • メディア: 文庫

『デミアン』

ヘッセは少々重く体力が必要だが読む価値は十分ある。が、やはりちょっと重い。たまに。

『デミアン 』ヘルマン・ヘッセ

ドイツ文学

ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse
デミアン 』(1919)

デミアン (新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)

  • 作者:ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1951/12/04
  • メディア: 文庫

若い頃に読んでいれば、非常に刺激的でかつ深く共感したに違いない。若い頃の自分を思い出し、懐かしさを感じてしまうのは僕がオジさんになったからである。

そのときデミアンは、われわれはあがめる神を持ってはいるが、その神は、かってに引き離された世界の半分(すなわち公認の「明るい」世界)にすぎない、人は世界全体をあがめることができなければならない、すなわち、悪魔をも兼ねる神を持つか、神の礼拝と並んで悪魔の礼拝をもはじめるかしなければならない、と言った。-さてアプラクサスは、神でも悪魔でもある神であった。-『デミアン』(新潮文庫)より

アプラクサスは僕らの中に在る。それに気づいてから此の方、ただのオジさんになった今でも悪魔との戦いや葛藤は絶えない。絶えることはないだろう。まあそんなものである。懐かしさとか言いながら、変わっていないのであった。笑。

もしカイン(カインとアベル)が悪ではないとしたら。戦争が悪ではないとしたら。そう考えるのにはとても抵抗を感じてしまうが、起きてしまったことを嘆き悲しみ、それに絶望したとしても、必ず未来には希望の光が見えてくるのだと信じたい。ヘッセのように。

デミアン』は希望の物語である。

児童文学を読む大人は素敵だね/『飛ぶ教室』エーリッヒ・ケストナー

ドイツ文学

エーリッヒ・ケストナー Erich Kastner
飛ぶ教室』(1933)

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

「なんでそんなにうれしいんだい?」と、駅員がたずねた。
「だってクリスマスだから」と、少年は答えた。

飛ぶ教室』の、とあるシンプルな会話だが、ここにはこの少年(マルティン)の様々な感情が隠れている。非常にグッとくる場面である。とにかく子供も大人も一様に世界に翻弄されながらも必死に生きているのだ。

また、「クリスマスは優しい気持ちになるための日だね」とN.Mも言っているが、世界の理不尽さに翻弄され悲しむ子供を救えるのは、正義さんや禁煙さんのような優しく子供心を忘れていない大人である。

できるならそういう大人でありたい。

児童文学というのはむしろ大人が読むべきであって、それはつまり、登場する子供たちがそれを読む僕たち大人(大人だと思っている人間)を逆に救ってくれるのだということである。

○○○

なんだね?…別に大人がクリスマスにワクワクしたっていいではないか。

『月を見つけたチャウラ』ルイジ・ピランデッロ

イタリア文学

ルイジ・ピランデッロ Luigi Pirandello
『月を見つけたチャウラ』(1902〜36)

シチリア出身ノーベル賞作家ルイジ・ピランデッロ(ピランデルロ)の短編集。劇作家として名は知られているが(知らなかったけど)、短編小説もたくさん書いている。

それぞれの短編に共通して描かれているのは、現実と虚構(見えているものが本当なのかどうかみたいな事)の狭間で揺らぐアイデンティティ、そしてふとした瞬間に垣間見える人間の真実。その真実を独特のユーモアで描いていて思わず笑ってしまいそうになるが、しかし笑うことができない。自分自身も彼らと同様に、どうしようもなく滑稽な人間なのだということに気づかされてしまうからだ。

冷たく突き放されゾッとする作品もあるが、基本的には冷めた目で見ながらもどことなく温もりを感じる作品が多い。ピランデッロは多分、人間にほとほと嫌気がさしていながらも心から人間を愛していたのではないかと思う。

どんな境遇に置かれたとしても、きっと笑うことはできると信じたい。たとえ夢の中だとしても。

生きていたパスカル (福武文庫―海外文学シリーズ)

生きていたパスカル (福武文庫―海外文学シリーズ)

長編はこれだけみたい。買った。

『夜間飛行』サン=テグジュペリ

フランス文学

サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupery(仏)
『夜間飛行』(1931)

「星の王子様」は読んだことがあるという人は多いかもしれない。僕も大好きな作品であると同時に、人生において特別な意味を持つ本である。この『夜間飛行』もそれと肩を並べる、もしくはそれ以上の美しい作品。

人間は人間を救うために人間を犠牲にするが、本当に救われているのかどうかは誰にもわからない。しかしそれでも前に進むしかないのかもしれない。勝ち負けでもなく正邪でもなく、とにかくリヴィエールの信念と意志に感嘆と涙。

誰かが命懸けで開拓してきたもので、きっと僕らは生かされている。

星に嫉妬するような妻を持つファビアンが羨ましい、なんて言ったら怒られるから言わないでおく。

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

こっちは確か新潮文庫で持っている。何処かにあるはず。大切なものは目には見えないのである。